熊本地方裁判所 昭和41年(行ウ)18号 判決 1967年12月20日
原告 岩下[木貞]蔵
被告 熊本県知事
訴訟代理人 島村芳見 外四名
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者双方の求めた裁判
一 原告
「被告が原告に対し、昭和四一年八月一五日、熊本県指令農政第二四二号をもつてなした大津酪農業協同組合設立不認可処分を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決。
二 被告
主文と同旨の判決。
第二請求原因及び原告の主張
(請求原因)
一 原告は、大津酪農業協同組合(以下申請組合という)の発起人であるが、昭和四一年四月八日、被告に対し、農業協同組合法による右組合の設立認可の申請をした。その後、被告から数回にわたり、右申請手続の補正を命じられて申請書類の返戻を受け、その都度これが補正をしたのに、被告は原告に対し、昭和四一年八月一五日、右申請には同法第六〇条第一号及び第二号に該当する事由があるとして、これが不認可の処分をなし、原告は翌一六日右処分の通知を受けた。
二 しかしながら、右処分は次の理由により違法である。
(一) 原告の右申請を不認可とすべき何らの理由もない。
(二) 被告は右申請書を昭和四一年四月八日受理したものであるが、その後二カ月以内に原告に対し認可又は不認可の通知が発せられていないから、右期間満了の日に右申請の組合は設立認可があつたものとみなされたものである。
よつて、被告の前記不認可処分は、右いずれの点からも違法であるから、その取消しを求める。
(被告の主張に対する原告の反論)
一 原告らは約一〇年前に大津酪農組合を結成してこれを運営し、今日の発展を見るにいたつたもので、この事実は被告の認めるところであり、これを法人化して被告の指導監督のもとにおくことは何ら公益に反しない。
二 原告は、申請組合の定款を、農業協同組合法所定の方式どおり公告したのであるが、経過報告書にその旨の記載を脱落したにすぎない。また、組合員の資格要件については、創立総会で修正附加したものでなく、設立準備会の議事録に記載洩れとなつていたにすぎない。従つて、これらの事実をもつて設立の手続が法令に違反しているということはできない。
第三答弁及び被告の主張
一 請求原因第一項の事実は認める(但し、被告が補正を命じたとの点を除く)、第二項は争う。
二 被告が原告の右申請に対し不認可の処分をしたのは、次のとおり農業協同組合法第六〇条第一号及び第二号に該当する事由が認められるからである。即ち、
(一) 申請組合の地区と同一区域には、既に酪農に関する事業を実施している大津町農業協同組合(組合員約一、六〇〇名)が存在し、両組合間に事業競合のおそれがあり、また、申請組合は組合員数四十数名の小規模組合であることを併せ考えると、申請組合の事業は健全に行われず、かつ、公益に反すると認められる。
(二) 原告は、農業協同組合法第五八条第一項第二項により、申請組合の定款を二週間を下らない期間前に創立総会の日時及び場所とともに公告しなければならないのに、右定款公告の手続を経ていない。また、同法第五八条第四項但書により、創立総会においては組合員たる資格に関する定款の規定の修正はできない旨定められているのに拘らず、設立準備会で定められた組合員資格ならびに定款作成委員会が作成した定款に規定する組合員資格に関する定めを、創立総会において修正し、申請組合に牛乳を出荷することを組合員の資格要件として附加している。以上は設立の手続が法令に違反しているものである。
三 原告は、昭和四一年四月八日、熊本県菊池事務所職員に対し、被告宛の右申請書を提出したが、右申請は前記第二項掲記の事由があり、かつ、定款には更に二十数箇所にわたる不備不適当な規定があり、加えて、弱小農業協同組合の乱立を避け、合併を通して適正規模の農業協同組合を育成する旨の行政方針にも反するところから、同年五月二六日、被告の補助職員たる熊本県菊池事務所長名をもつて、原告に対し右申請書等一件書類を返戻した。その後、原告は同年六月六日、同年七月二二日及び同年八月四日の三回にわたり、いずれも一部修正の上申請書等を提出したが、これに対し被告は右八月四日提出の分以外は、いずれもこれを原告に返戻したものである。
ところで、右の各返戻行為は、被告が原告に対し、右各申請の取下げを勧告したものであり、原告が一部修正の上再提出したことは、右勧告に黙示的に応じたものである。また、被告は原告に対し申請手続の補正を命じたものではなく、申請の受理を拒否したものである。
従つて、被告のなした本件不認可処分は、原告の昭和四一年八月四日の申請に対してなされたものであるから、農業協同組合法第六一条第一項の期間を徒過したことにはならない。
また、右申請は前記のとおり同法第六〇条第一号に該当する事由があるから、その瑕疵は治癒されることなく、同法第六一条第二項により認可があつたものとみなされない。
第四証拠関係<省略>
理由
原告が申請組合の発起人であること、被告に対し農業協同組合法による右組合の設立の認可申請をしたこと、被告が原告に対し、昭和四一年八月一五日、右申請には同法第六〇条第一号及び第二号に該当する事由があるとして、これが不認可の処分をしたことは当事者間に争いがない。
そこで、先ず、原告の右申請が農業協同組合法第六〇条第一号又は第二号のいずれかに該当する場合であるか否かについて判断する。
農民の協同組織の発達を促進することは、農業協同組合法の目的とするところであるが、同時に、この農民の自主的自衛組織としての農業協同組合制度は、農業生産力の増進と農民の経済的社会的地位の向上を図り、併せて国民経済の発展を期することを窮極の目的とするものである。右の農業生産力の増進及び農民の経済的社会的地位の向上ならびに国民経済の発展を期するためには、農業協同組合の事業が健全に行われ、かつ、公益に反するものでないことが必要である。
農業協同組合法第六〇条第二号は、右の目的に副う農業協同組合を育成するため、その設立段階において、行政庁の指導監督の措置を取り得ることを定めたものである。この見地から同法第六〇条第二号に定める「事業の不健全性及び反公益性」の意味を検討するに、農業協同組合は、営利を目的としてその事業を行うものではないから、経営体としての利潤の効率的な追求を要求するものではないが、経営体としての事業が少なくとも収支相償うこと及びその事業活動が円滑に遂行できることが必要であり、また、同組合は積極的に公益のみを目的とするものではないが、農民の経済的社会的地位の向上を図り、その事業活動の結果が、やがては国民経済の発展に資することを意図するものである以上、社会全般の利益を害するものであつてはならないことは勿論のこと、その地域における農民及び組合の債権者を害することがないことが必要である。右に示した二要件が、それぞれ前記「事業の不健全性と反公益性」の意味内容であると考える。そして、この要件を認め得る高度の蓋然性がある場合にはじめて、同法第六〇条第二号に該当することを肯定し得るのである。
以上の解釈に従つて、右二要件に該当する事実の存否を検討するに、成立に争いのない乙第一号証の一三、証人森弘昭、同池崎喜一郎、同吉良武夫及び同佐々木毅夫の各証言を総合すると、申請組合の収支計画として、組合の必要経費である通信費、公租公課、農協連合会出資金等の計上が全くなされていず、借家料、人件費の計上額が極めて低いなど全般的に支出費用の過少計上がなされていること、収支計画書自体が既に四、五〇〇円の赤字を示していること、事業計画として講習講話会の開催、乳牛の購入及び飼料の共同購入が掲げられているが、その費用ないし資金の裏付けが全くないこと、申請組合と同一地域に大津町農業協同組合があり、同組合は総組合員数約一、六〇〇名、年間総予算約八、〇〇〇万円を計上するいわゆる総合農協であるが、その酪農部門は同事業を行つている農民約一七〇名、乳牛約七〇〇頭、年間取扱乳量一、七〇五屯で、原乳保存用のクーラーステイシヨン設備をも備える規模のものであり、これに比して申請組合は総組合員数四七名、年間取扱乳量約五〇七屯、年間総予算約七八万円の極めて小規模の組合であること、申請組合と右農協との事業競合は必至であるが、その場合、右両組合の組織の規模、資本力、経営力を比較考量すると、申請組合が右農協に対抗して事業を継続するのは至難の技であること、このことは、申請組合は取扱手数料を一瓩当り一円徴収しているが、右農協は取扱手数料としては一瓩当り八六銭とし、同時に徴収する一四銭を積立金としていることからも既にその一端を窺い知ることができること、以上の事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。
右の事実によると、申請組合の事業は赤字経営となり、その事業活動も円滑に遂行できないと認められる高度の蓋然性があり、同時に、その地域の農民及び組合の債権者の利益、ひいては社会全般の利益をも害する極めて強い危険性があるというべきであるから、原告の前記申請は農業協同組合法第六〇条第二号に該当する場合である。
次に、申請組合は同法第六一条第二項により既に設立の認可があつたものとみなされる場合であるか否かについて判断する。
原告が被告に対し、昭和四一年四月八日、申請組合の設立認可申請をしたこと、被告は右申請に対し、不備不適当な箇所を指摘して、原告に申請書類等を返戻したこと、その後、原被告間では数回にわたり申請書類の一部修正提出と返戻とが繰り返され、原告が修正提出した最後は昭和四一年八月四日であること、原告が本件不認可処分の通知を受けたのは同月一六日であるとの事実は当事者間に争いがない。
成立に争いのない甲第一号証及び証人森弘昭の証言によると、被告は原告の昭和四一年四月八日の認可申請に対し、昭和四一年五月二六日、被告の補助職員である菊池事務所長名をもつて、申請書類等の返戻をしているが、右返戻は原告主張の手続の補正を命ずる趣旨の返戻ではなく、右申請が農業協同組合法第六〇条第一号及び第二号に該当する事由を含んでいるか否かの審査、即ち認可についての実体的審査を経た上でなされたものであるとの事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。右のとおり、申請に対し認可、不認可の実体的審査を経ている以上、原告の昭和四一年四月八日の認可申請は、被告においてこれを受理したものと認めるのが相当である。そして、右返戻は、被告の補助職員名をもつてなされていることから考えると、法律上の不認可処分でないことが明らかである。
そうすると、右返戻は、単に便宜的な事実上の取下勧告にすぎないのであるから、原告において右勧告に応ずることなくこれを放置して法定の期間経過すれば農業協同組合法第六一条第二項の効果が発生するというべきであるが、本件においては、前示事実のとおり、原告が返戻を受けた申請書類を一部修正の上、再度、被告に提出していることに照らし、原告は被告の右取下勧告に応じたものであるとするのが相当である。従つて、被告のなした本件不認可処分は、未だ原告の取下行為のない昭和四一年八月四日の申請に対してなされたものであるから、同法第六一条第一項の期間を徒過したことにはならない。
以上の次第で被告のなした本件不認可処分は何ら違法の点はない。よつて、右処分の取消しを求める原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 弥富春吉 石田実秀 川畑耕平)